前の日のコルネツトの場合と同じような百合子の「ナンセンス嗤ひ」ぢやないのかしら――とも思つた。
 滝本は、そつと百合子の寝室の扉の前に来て、おして見ると、中から鍵が降りてゐた。
「百合子さん。」
 と呼んで見たが返事もしない。
 仕方がなく滝本が、庭をまはつて見ると、窓は閉つてゐたがカーテンに隙間があつたので、気合《けはい》を窺ふと、百合子は、ベツドに突ツ伏してゐた。床に膝を突いて――。そして、背中全体が切なさゝうに震へながら波打つてゐた。嗤つてゐるのか、咽び泣いてゐるのか? 滝本には判別し憎かつた。

     四

「百合子さん――」
 もう一度滝本は呼んで見たが、百合子は何時までも突ツ伏しつゞけたまゝ顔をあげようとしなかつた。
 ……だが、百合子が声に応じて顔をあげたなら、一体自分は何んな言葉をかけるつもりなんだらう――不図左う気づくと、余程理性を欠いたらしい自分のたつた今の挙動に後悔を知つて、そのまゝ窓下を離れた。
 何時堀口達が踏み込んで来るかも知れぬといふ場合に、斯んなところを見つかりでもしようものなら、また何んな聞くに堪へぬ罵倒を浴せられるかも計り知れない。別段堀口達の思惑を顧慮するわけではなかつたが、自分達にとつて余りに途方もない言葉を、あのやうに信じきつた態度で放言する堀口を、百合子の前に見出すのは苦し過ぎる光景に違ひなかつた。
 それよりも、斯んなところにうろ/\してゐるのを百合子に気づかれなかつたのも何よりの幸せであつた――レディの寝室の気合ひを窓の外から窺つてゐるなんて!
「そんな――」
 滝本は思はず苦笑ひを浮べながら、家の囲りを半周して表の方へ抜け出て来ると、遥かに海が見降せる庭先の芝生に出て寝ころんでゐた。
 ――「さあ、どうぞこちらから……いえ、もう、お関ひなく――。玄関と来たら、いつでもちやんと錠がおりてゐるといふ仕末なんですから。はツはツ……いやはや、どうも――熱烈なものでして、世間態も何もあつたものぢやありません。」
 堀口だな――と思つて滝本が振り返つて見ると、滝本が見知らぬ中年の婦人をいんぎんな様子で案内しながら、何時ものやうに大手を振つて庭先へ廻つて来る堀口であつた。泉水を隔てた木蔭に寝ころんでゐたので彼等は滝本に気づかなかつた。
 堀口は椽側から座敷の中を覗くと、
「これは、何うも――」
 と思はず嶮しく顔を顰めて、伴れ
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