い国に来てゐるやうなものだ。……不便なことだ。」
「ぢや、喋舌るな。」
「喋舌らないや!」
 さう叫んで私は、彼女の頬をピシヤリと打つた。――そして、わざと憎々しく落着いて、横を向いて、魚のやうに口をあいて煙草の煙りを吐いてゐた。
 ……フヽンだ、皆んな何処へでも行つてしまへ、独りが一番静かで清々と好いや、皆んな出て行つてしまへ、俺は何ンにも喋舌りたくはないんだ、喋舌るのは面倒臭いんだ、厭だ/\面倒だア!
 そんな毒口をついたら、終ひには気狂ひのやうに暴れでもしなければ収まりがつかなくなつてしまふだらう……。
「フヽンだ。俺アお園さんのところにでも遊びに行かうかな。」
「よくも、打つたな……フン、何処へ行つたつて相手になんてなるものがあるもんか!」
「キ……、未だ生意気なことを云ふか。」
 私が、手を振りあげやうとすると彼女は「今度やつたら、あたしが暴れるぞ。」と、あたりに遠慮して声を殺して云つた。――そして、嫉妬の気色でもなく、たゞ沁々と私を見さげるやうに、
「あなたは――あなたは、毎晩この頃変に機嫌好く酔つてゐたわね、フツだ。……気をつけろ、馬鹿! あたしが一寸とでも傍にゐなくなる
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