くれゝば好いが――終ひには私は、原告の法律的術語の羅列があまりに流暢であるのに反して、まつたくの唖である自分が少々きまり悪くなつて、判官達に対してそんな途方もない空頼みを念じたりした。原告は、番になると稍々得意気に益々とうとうと弁じたて、次に私の番になると変りなく「は?」と「はい」とより他になく、また彼は軽いセヽラ笑ひを浮べて立ちあがると(原告が何か云ひ終ると腰を降すのが私には、大胆不敵に見えてゐた。)巧みに被告の非を述べたてた。そんなことが三四度繰り返されて、(私は、殆ど感覚を失つてゐた。)活気の溢れた原告が大いに被告の非を申告してゐる時だつた。傍聴席から突然、大声で父が怒鳴つた。
「嘘をつくねえ、あれやなア……あの境ひはな、昔からあの柿の木が眼印なんだ、それを勝手に……」
私は、吻ツとした。やつぱり父と一処に来て好かつた――と、わけもなく嬉しい気がして、もう少しで振り向くところだつた。すると、判官の顔は(一寸との間驚いたらしく、未だ続いてゐる傍聴席の声に打たれたが)忽ち屹となつて、
「あの傍聴人は何だ! 黙れ!」と、大喝した。私は、傍聴席から声を掛けるのは違反であるのか、と初めて
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