は、今東京に出て勉強してゐる学生が夏休みを得て帰郷でもしてゐるやうに、「休養」を見せかけてゐるのだ。東京にゐたつて、今だつて、自分の生活にはなんの変りもないのだ。
「つまらないだらう、これぢや?」
 母は、周子を顧て笑つた。――「何処かへ出掛けるつもりぢやなかつたの?」
「…………」
 周子は、困つたやうな苦笑を浮べてゐた。
「あゝ、頭が重い――」
「そんなに毎日ごろごろしてゐれば、頭だつて重くもならうさ、誰にしろ。」
「……当分、此方に居るつもりで来たんだが、もう飽き/\してしまつた。」
「自分で一軒家を持つて見ると、仲々出先きでは落つけないものさ。」と、母は何気ない好意で云つてゐるのに、私は妙に意外な感を抱いたりした。勿論私には、そんな気は少しもなかつた。――一軒持つてゐる……私は、同じ言葉をそつと胸に繰り反して寂しい苦笑を感じた。どうして又そんな言葉が母の口から出るのだらう、自分が齢だけは成年に達してゐるにも係はらず、何の点から見ても考へも行ひもそれらしくならない……そんなやうな意味のことをつい此間だつて母は、厭味らしく云つてゐたではないか?
「まつたく見てゐる方でも可成り辛いか
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