握つて、一番上にゐる首領が声高らかに音頭を取ると一勢に他の者が非常に余韻の長い掛声で歌ふのである、そして徐ろに棒をあげ、歌の切れ目で静かに突き降ろすのであつた。
「みんな口に抜けてしまつて、あれぢやほんとの力が入らないのも道理さ。」
母は、さう云つて、彼等が如何に仕事を勿体振り、縁儀を担ぎ、どんなに家中の者の手までを病はしたか! などと云ふことを可笑しさを含めて話した。
「さうだらう、あれぢや口に抜けてしまふのも無理はなからう。」と、私も同意した。井戸清は、私達が見物してゐると何か私達に話しかけるやうな文句を、その儘節をつけて抑揚の永い掛声にした。わざと生真面目な顔をして、どうしても子供の私達が笑はずには居られない言葉を次々に歌つた。――私が東京の学校に入つた初めの夏、やはり彼等が裏で仕事をしてゐた。私より五ツ六ツ年上の清の倅は、いつもの通り父親と向ひ合つて交互に朗らかな音頭をとつてゐた。私は、往来で二三度見かけた町の雛妓に初恋を感じて終日鬱々として部屋に引き籠つてゐた。そして、この頃の憂鬱症と殆ど変らない状態で、同じやうな妄想に病まされてゐた。私の窓から、彼等の仕事が見へた。私は、
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