二回位ひの割合で私は、この検査に落第した。不合格の時は、何となく私は他人の前に出るのを恥らふやうな臆病心を養成されて、治るまでは食物を気をつけもし、自ら進んで熱心な嗽ひをすることも煩としなかつた。――私が、八才の時に死んだ祖父は、毎晩のやうに私をとらへて、お爺さんと一処に寝よう? とすゝめた。
「お爺さんの口は、お酒臭いから厭だ。」
 私は、顔を顰めて何時もさう云つては祖父の手を脱れた。酒臭い、臭くないにかゝはらず私は、大人の口は何だか薄気味悪くてならなかつた。祖父も祖母も母も、私が云ひ出せば厭といふことなく諾々として私の息を検査して呉れたが、私はそれに何か子供の特権とでもいふやうな手前勝手な当然さを感じてゐた。
 私が逃げ出すと祖父は、面白がつて、蛇のやうに大きな口をカツと開けた、眼をむき出し鼻筋に彼をつくつて、ゴーゴーと喉を鳴らした、そして、どすぐろい口腔から火のやうに凄じい酒気をハアハアと吐き出しながら私に迫つた。私は、まつたく神経的な悸えを感じて夢中で逃げ出した。或る時祖父は、母に向つて、私のことを、
「彼奴は、ほんとうに俺を嫌つてゐるのぢやないかしら?」と、寂し気に訴へたこと
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