可憐気なところが一寸とあの[#「あの」に傍点]女に似てゐるな? ――(どうしてあの[#「あの」に傍点]女などと云つたのか私は知らない、まるで出たら目なのである。)……何かものを云ひ終る毎に軽く唇を噛んで、キヨトンと相手の顔を見るところが一寸と好もしいね、あまり自分を信じないといふやうな適度の柔かい風情があるね、それでゐて他人を強ひもしなければ、自分の説明などしないところも好いね、会話が止絶れても相手にもどかせがらせるやうな気分を起させないな。眼つきは明るく悧口さうだ、そしてあの相手の返事を待つ間に微かに首をかしげるところが何となく好いね……さうだ、この挙動はFに似てゐる――これはいけない、俺は、あの青い眼のFに怪し気な恋情を抱いたことがあるのだ。
「ほんとなのよ、良ちやん。」
「変なことを気にするのね。」
 良子は、殆ど興味なさゝうに点頭いてゐた。――私は、そんな話が早く終れば好いと思ひながら、彼女等のその扱ひ方が、私の自負と違つて軽いのに稍々気易さを求めた。そして別に、ひとりの思ひを続けてゐた。
「厭アね、」などゝ良子は、時々顔を顰めたりしてゐた。
「でも、厭だといふと憤《おこ》るらしい――」
「だつて、そんな馬鹿/\しいこと憤る方が間違つてゐるわ。」
「だから未だ憤つたことはないけれどもさ……」
「さうでせうとも……」
 彼女等は、他の話の合間でも長閑に笑ひながらそんなことを云つてゐるのがきれぎれに私の耳に入つてゐた。
「でも困ることはない!」
「それア、随分……」
 時に依ると、何んなことを云はれても私は、たゞにや/\してばかりゐる時がある、どんな失敬なことを眼の前で話されても決してふくれ顔もしない時がある――私にすれば、それには多少の理由もあるのだが、周子は、大ざつぱに私の気分をその様に二分して、その場合場合に依つて私に処してゐる風な私にとつては少し迷惑な態度を何時の頃からか執つてゐるらしかつた。だから斯んな時には彼女は、安心して放言してゐるらしかつた。それに今私は、別な想ひに走つてゐたので、彼女等のきれ/″\に聞ゆる会話は、私に関することではないやうに思はれてゐた。
「慣れば、怖い?」
「そんなに……」
「でもよ?」
「だつて、そんなことではまさか!」
 ――「まつたく、自分には自分の口のにほいは解らないものだぜえ! そのことは別段それ以外に何の……いや、意味はないんだよ、年寄りなどは往々そんな例を引いて処世上の戒め言に云ふ場合もあるらしいが、俺のは違ふのだ、実際上の、生理的な、積極的な病らひごとなんだから堪らないんだよう!」
 やつぱり自分の事が話材になつてゐたのか……と私は、気づいた時突然妙に上づツた口調で喋舌り出した。彼女等に、そんなことが荒唐無稽な瑣事に扱はれてゐるのに、一度は安易を感じ、また、未だそれが続いてゐたことを知ると、不満を感ずる前に酷くテレ臭くなつたのである。それで私は、故意に固くなに、意味だとか、処世上だとか、積極的だとかいふ言葉を挟んだ弁舌を弄し、笑はれてしまはうと務めたのであつた。と、彼女等は、聞いてゐないと思つた私が突然喋舌り出したので驚いたのか、返つて真顔になつて私の顔に視線を注いだので、一層私は、擽つたくなつて、
「まつたく自分では、はつきり解らないことだぜ。嘘だと思ふんなら各々手の平に試みて見給へ――良ちやんの口などはたしかに怪しい、周子の怪しいのは知つてゐる。」などと、心にもないことを続けて、二人の口を突らせてしまつた。
 周子と良子は、白けて赧くなり厭な沈黙を保つた。……私は、しまつたと気づいた。一体私は、これに類する気の利かない失策を往々繰り返して来た性質だつた。私は、他意なく冗談を云つたつもりなのだつた。二人が笑つてしまふであらふことを予期して、云はば甘心を買つたのである。――また、暗に自分に対する周子のあの親切に報ゆる心もあつたのである。同時に今の一寸とした自分の不貞な空想を謝してゐるつもりもあつた。周子以外の者の前では、あの他合もない己れの不快な病らひに就いて話すことを恥ぢてゐた筈なのに、そして彼女にも自分のその心は解つてゐた筈なのに? どうして? 今! そんなことがこゝに公開されたのかな? 自分から先に何か話し出したのだつたかしら? それに違ひないんだらうがな? ――そんな鈍い焦噪から私は、どぎまぎしてあらぬ空想に走り、己れに関する彼女等の話題を糊塗せんがために、口走つたのである。――でも、あんまり云ひ方が甘味を欠き、毒々し過ぎたのかな? 憎態に冷たく、ぶつきら棒に響いたのかな? ……兎も角私には、彼女等の自尊心を傷ける所存は毛頭なかつた。
 だが私は、彼女等の持ち続けてゐる白けた顔に接してゐると――此方こそ静かに、勝手な肚がたつて来るのに敵はなかつた。だから私は、彼女
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