更披瀝するやうな臆病さに囚はれたり、惨めな敗北の矢を吾手で吾が胸に突き刺すやうな痛さを怖れて、返つて卑屈に、純情を殺さねばならぬやうな破目に陥ちてゐた。――彼女の純情を傷つけたのも亦私なのである。……様々なかたちで彼女から復讐されても仕方がない程私は、今迄多くの意地悪るを施してゐるのだ。二人のそんな感情を私は、沁々と嘆くことがあつた。だから私は、彼女の私に対する忠実な方面を一層見極めることで、云はゞあんな寂しさから救はれようと努めた。
 ――俺の口の試験をして呉れるのは今では彼女ひとりだ。
 私は、そんなことに、あのやうな感傷に走り、感謝を抱き、得難き親密を感じ、時には秘かに涙ぐましく胸を悸はせ、好もしき伴侶とさへあがめた。
 私は、上向けに寝転んで、うつかりするとこの頃さういふ新しい癖が生じた――知らずに口をあいてゐた。……祖父は、父と同じく突然脳溢血で倒れたのであるが、死んでから大きく口をあいてゐたので、傍の者が交る交る顎をさすつてそれを閉ぢさせた。自分もすゝめられたが倒々手を触れなかつた――。
「その罰かな!」
 ふと私は、自分の新しい癖に関聯なくそんなことを思つて首を振つた。
 ……「そんな風になるとね。」と、周子は、さつき私が何か話し出したことに就いての続きらしく、呑気さうに良子と語らつてゐた。「――一番気になるのは口のにほひなんだつてさ、自分の!」
 おや、俺のことかな! ――微かに私は、ギクリとした。
「へえ! 変ね。」
「あたし始めは冗談かと思つてゐたら……」
「冗談でせう。」
「さうかしら?」
「いや……」と、私は云ひかけて彼女達があまり軽々しく話し合つてゐるのに気が引けて、仕方がなく笑ひを浮べてゐた。(それにしても周子の態度が何だか可笑しいな、あいつはそんなに軽い気持なのかしら? それならば何もこの間うちから良子の前などを慮つて、あんな不便を忍んでゐる程のこともなかつたか?)――私は、他人《ひと》の前では、外出の時妻から帽子をとつて貰ふのさへ好まなかつた。他人の前でなくても、妻から着物を着せかけて貰つても背中がムズ/\するのであつた。
 私は、二人の顔をそつと見比べて、若しこの二人が自分の妻の候補者として並んでゐるのだとすると、果して自分は何方を選むだらうか、良子の方が美人かな、多少は? いや、よく/\見るとさうでもないかな? いや、さうだらう、
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