から、出来るだけ手ツ取りばやくしなければつまらないわよ、メイちやん!」
「帽子、――これぢや変でせう、奥さん?」
「変でもないけれど――ベレイを買ひませうよ、おそろひの――」
「あら、あたしの靴下、踵に斯んな穴があいてゐるわ、あんまり慌てゝ飛び出して来たもので――。尤も、慌てないだつて、これ一足しかなかつたには違ひないけれどさ……」
「靴下なんて安いわよ――何うしても、これは、一先づ、彼方へ出かけて行つて、それから、浴場に引き返して、身仕度をとゝのへなければならないわね。」

     三

 私はあまりのけ者にされ過ぎてゐるのと、酒の酔がないと何事も意々諾々である自分とに幾分業を煮やして、
「フン!」
 とつまらなさうに呟きました。
「一体俺は、その間何処で待つてゐるんだい。そつちの仕度が終つて見ると、俺はもう酒場へ行つてハイボール一杯も飲めなくなるといふやうな勘定になるのでは、メイの訪れなんて有りがたくなくなるよ……」
「何か云つてゐらつしやるわよマキノさんが――奥さん。」
「何か考へ事に耽つてゐるんでせう。関はないのよ。独り言は癖だし、放つておかないと、返つて不気嫌になる位ゐのものなんだから――メイちやん、行つて来ませう。」
 メイ子が私に細長い箱を渡しました。何か? と訊ねると、私がメイ子の家に置き忘れて来たフエンシング・スオルドだといふのです。村に居た間私は憂鬱の時に、運動と称して常々それを打ち振つてゐましたが、此方に来ても、そんなに公園や街ばかりを漫然と散歩してゐても始まるまい、金のない日は村住ひの時と同様にこれを振つてゐたら好からう、折角のポーズのためにも――といふメイの父親の気遣ひであつた! さうです。
 私は、細長い、厄介な箱を寄ん所なく受けとりながら、
「だつて、今居る下宿の部屋は四畳半だぜ、メイちやん!」
 と云ひましたが、二人は私を待合室に残し、手を携へて出て行かうとしてゐるところでした。
「困つたな、俺は――!」
「ぢや、そのまゝ鉄道便で送り返したら何うなの?」
「でも、折角メイちやんが持つて来たものを……?」
「煩いのが、始まつた! ――あたし達行つて来るから、ゆつくり考へていらつしやい。」
「このまゝ?」
「だつて、そんなものを担いで伴いて来られたつて、あなたゞつて此方だつて困るぢやないの?」
「一体何分位ひかゝる――」
「お湯に入つた
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