ウストの科白を口真似したりして、
「体は離れても魂は離れませぬぞ、マーガレツトの口唇が――」
 といふところを、わざと、このマメイドの――と云ひ換へて、
「――神体に触れても嫉ましいわい。」
 などゝ戯れたりしたことがある位ひ、美しい娘です。

     二

 云ふまでもなく、そんなことを私が唸つたりしたとは云へ私が彼女に対して特別な関心を抱いた! とか、などといふ重苦しい話ではないことは、はつきりと断つて置きます、私はそんなことを云つてたゞ彼女の価値を吹聴したまでのことで、天晴れ私は私の妻と共々に常々彼女を私達の朗かな友達として推賞してゐるだけのことなのです。だから私達は、この時だつて、斯んなことを話合つてゐました。
「メイちやんを――此方の友達に紹介しようぢやないか。」
「屹度――此方の人達を紹介したら、メイちやんのとても好きな人が出来るわよ。あなた誰だと思ふ?」
 私は妻と共に、猛烈に速く、そして凄ぢく揺れる青バスに乗つて村のモダン娘「メイちやん」を迎へるべく東京駅へ出かけました。
「まあ、奥さん、綺麗になつたわね、ちよつとの間に――」
 メイ子は、私の妻の手をとつて、その顔色が田舎にゐた時に比べると見違へるほど白くなり、羨ましいわ! と云ひました。
「ほんとう、メイちやん――。何処へ行かう? 何でも御馳走しよう。しばらく見ないうちに、あんたとても大きくなつたわね。……もう泳いだ?」
「二三度――」
「ね、そこに、モダン浴場といふのがあるんだけれど入つて見ないこと?」
「でも、あたし、先に、踵の高い靴が欲しいのよ、奥さん――」
「おゝ、さう/\。ぢや、丸ビルで買つて――それから、モダン浴場を見て――と、洋服も斯んなのを買ふと好いわ、レデイメイドでとても安いのよ、パラソルと、それから、水着はあとで銀座へ行つてつから――と、その前に、そんなのを買つて、お湯に入つて、其処の美容院へ伴れてつてやるわ、あたしは未だ一度も行つた事はないんだけれど――あんたゞけを……」
「嬉しい/\!」
 メイ子は手を叩く格構をしました。妻は何故か大変に調子づいて時々私が、洋服を買ふのは少々無理だよ――とか、俺は今夜は何某と共に酒場へ行く約束があるのだが――などゝ呟いたにも拘はらず、決して聞えぬ風で、浮々と買物の話ばかりをすゝめてゐました。
「早くしなければ飲まれてしまふ位ゐのものなんだ
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