追々とそんなことを口にしはじめた。すると細君は躍氣になつて
「あたしは、和服なら相當もつてゐるんだもの?――何も買つて呉れつて云やしないよ。……無責人な男だなあ!」
 と滾した。
「矢つ張り、こゝの生活には和服がふさはしいわね。ちやんと、お太鼓の帶をしめて、……それは左うと、姉さん、春時分に江戸づまの金紗を持つてゐたわね、あれ、あたしとても氣に入つてんのよ、あたしに恰度好いぢやないの、あれ、見せてよ。」
「…………」
「大島だつてあるぢやないの。着ようよ。姉さんがそれを着て、あたしが、あの着物の袖を直してさ……そんな畫の方が好いな、第一、安心で――。」
「止めとくれよ、……」
「まあ、どうして――着せて呉れないの。」
「そんなんぢやないさ――チエツ!」
「あれも?」
 と彌生は意味あり氣に眼を視張つた。
「あれも――もくそもありはしないわよ。トランクをあけて御覽! ――野郎のふんどしばかりだ。」
 細君は女だてらに太々しくそんなことをほき出した。
 すると彌生は、机に凭つてゐる隱岐の離室まで突き通る金切聲で
「意久地なし――素つ裸になつて暴れてやりたいや」などと怒鳴つた。
 こん
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