な家に移れば移るで、彼女等の不滿の種はジヤツクの豆の木のやうに天までとゞきさうだつた。――全く彼女等も日増に鬱憤が積み重なつて、あられもない矛盾の板挾みになるのも道理だつた。樂屋では、そんなにも言語同斷な女書生《アマゾン》が、この家に移つてからといふものは、一度び門の外へ踏み出したとなると、如何にも立派な家に住んでゐるとばかりな濟し込んだ顏つきに變つて、奇妙に眼《まなこ》をかすめて、さもほのぼのと散歩するのであつた。そして停車場の前の待合茶屋にやすんで、用もないのに隱岐を電話に呼び出したりするのであつた。
「厭だよ。俺は、ゆふべ、まんじりとも出來なかつたんだから、これから眠らなけりやならないんだよ。」
「いらつしやいよ、お兄さま――二人で往くの、何だか退屈なんですつて、お姉さまつたら……」
「どこへ行くんだよ?」
「あら、何を空呆けていらつしやるの。オデオン座にボレロを見に行くんだつて、さつき申しあげたぢやありませんか。」
隱岐は、彼女等が自分を笑はせようと、わざと氣どつた聲を出すのかとさへ疑ることさへあつたが、やはり彼女等は眞面目さうだつた。――永年の間彼は、女房にストイツクな精神
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