て相手の顏を見なかつた。うつかり彼が、そんな時に憤つた返答がへしでもすると、この頃では、女房よりも、女房の從妹の方が先へ厭味を持ち出すといふ風であつた。
「まさか、あたし、斯んなぢやないと思つたわ……」
彌生は、從姉の謀反心を掻き立てるやうに不滿を竝べ出すのが屡々だつた。時には隱岐も堪えきれなくなつて、強張つた權幕を示す時もあつたが、彌生は一向平氣で、何さ、その顏つきは――などと切れの長い眼眦で凝つと相手の容子を睨めた。彼女は自分の左ういふ表情に餘程の自信を持つてゐるかのやうに、そして、いつも冷たくセヽラ笑つた。隱岐は、客觀的にはたしかに彼女の美しさを認めてゐた。加けに十七・八も歳下の者に――と無氣になりさうな心を壓へた。
「いくら、兄さんの働きがないと云つたつて、故郷なんだもの、ちつとは、もう少し何とかなつてゐると思つたわ。――あゝ、あきれた、あきれた。これぢや、姉さんばかりがほんとうに可愛相だ。」
彌生にそんなことを言はれると、細君は忽ちヒステリの發作を起して
「あたしはもう十年も辛抱してゐる――着るものもなくなつちやつた!」
と自分で自分の言葉に逆上した。
元は隱岐が、保
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