養しなければならない頭の状態に陷つて、とてもおちおちとは都會で小説などは書いて居られなくなつたので、大概の困窮には堪へられるから――と從姉妹達が先に立つて田舍行きをとり決めたのにも係らず、何か、田舍といふものに憧れる輕薄な夢が滿足されぬと見える欝憤が、次第にふくれあがつて、稍ともすれば病人であつた筈の亭主の方が、看護婦共の氣嫌をとらなければならない傾向だつた。
 隣りの酒匂《さかわ》村が隱岐の郷里で、はじめほんの一二ヶ月のつもりだつたので、自分の村の知合の農家を借りてゐたが、飯を食つてゐるところが表から見えるから始末が惡いとか、芋畑のふちで雨が降れば傘《からかさ》をさして這入るやうな風呂に浸《つか》れるものか――などと、東京に住んだところで、何うせ長屋風の家より他に知りもしない癖に彼女達は事毎に勿體振つた風を吹かせて、隱岐を痛ませた。
 秋のはじめであつた。――昔から隱岐の家と知合ひだつた國府津の塚越といふ漁家の主人が、彼を訪れた時、
「どうせ、これからは空いてゐるんだから、好かつたら使ひませんかね。」
 と貸別莊なるものをすゝめた。――町端れの海岸に向つた半洋風の十間もある眞新しい別
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