は息子のかへる日を待つてゐた――といふやうな英語のはやり唄を口吟んでゐた。
 彼女等の、素知らぬ氣の、そんな風な樣子にだけは、隱岐はいつも敏感で、それまで彼女等が暮し向きに關する不平をならべてゐたに相違ないのが、想像されるのであつた。はじめからの向方の敵意めいた口調は、無論それより他はなかつた。――隱岐も、もうそれには慣れてゐたから、一切此方から言葉をかけることなしに、憤つとしてあをむけになつて、本を開くだけだつた。
「ひとりで、あたるつもりになつて、あんまり脚を伸しちや厭よ。」
「ほんとうよ、この先生たら、あんな顏をしてゐて仲々油斷がならないのよ。――眠つた振りなんかして、あたしの膝に脚を載つけたりするんだもの。」
 彌生は、づけ/\とそんなことを云ふのであつた。隱岐はさつきからむか/\してゐるところだつたので、
「馬鹿ツ、自惚れてやがら……」
 と、もう少しで怒鳴りさうになつたが、辛うじて胸をさすつた。
「關はないから、しびれる程、擲つてやれば好いんだよ。」
 ……何のつもりであんなことを云ふのか……と彼は、女房を横目で睨んだ。細君は不氣嫌の時に限つて、口の端でものを云ひながら決し
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