で……」
「……ドレスや下着も、靴だつて、要心に、その中に入れて來たんだから、日光浴なんて止めにして、散歩に變へても好いけれど、着ることが出來ないわ。この分ぢや――」
「夏だと、更衣所があるんだがね。」
「何云つてんのよ、馬鹿――。しつかり、頭を働かせてよ。」
 さう云つて彌生は、突き飛すやうに隱岐の背中をたゝいた。
「この邊には、舟も見あたらんな!」
「飛んだ砂漠だつたわね。――あら、いまごろあんなところで、子供が凧をあげてるわよ。こんなに、風も無いのに好くあがつたものだわね。」
「やあ、三つも、四つもあがつてやがら。ヤツコやカラス凧は、風がなくつたつて、あがるんだよ。」
 隱岐は、大した六つかし氣な知識でも吹聽するかのやうな重々しい口調で、世にも愚かなことを呟きながら、水のやうな空に浮いてゐる凧を見あげて、何といふこともなしに太い吐息を衝いた。
「でも、運動になるから結構ぢやないの。具合の好いところが、見つかつたら、着ることにして、もつと勢ひ好く歩いて行つて見ようぢやないの。」
「運動不足はいかんね。歩かう。」
 彼は、片方に彌生の腕を執り、左には、何も彼も一處くたに下穿までも丸め
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