云つた。たしか一糸も纏つてはゐなかつた。
「さつきから、そのまんまだつたのかえ、驚いたな。」
「えゝ――。靴下だけで。」
 彌生は何故か急に濟してゐた。「だから、東京へ行くのかなどゝ聞かれると、變な氣がしちやつたのよ。でも、あたし、よくよく困つたことに慣れちやつたな。」
 と、そこはかとなく憂愁氣な顏色に變つてゐた。
「心の半分まではらはらしながら、このまんま、何處までゞも行つて見たいやうな氣がするのよ。」
「くだらんぞ。」
 と隱岐は唸つたが、あとから/\矢つぎばやに胸先を襲つて來る稻妻のやうなものに射られて震えが込みあげて來るのであつた。
「あら! あんなところから、人が來るわよ。氣をつけてよ。」
 氣をつけることもないのに、彌生は耳の根まであかくして、彼の腕をとつた。極く稀に、散歩の人々に出遇つた。
「駄目だわね。――引つ返さうかしら?」
 彌生は、はぢめのうちの元氣はすつかりなくなつて、弱音を吐き出した。
「ともかく川尻のちかくまで行つて見ようよ。――それとも、いつそ、思ひきつて、そこからバスに乘つて、小八幡《こやはた》か酒匂《さかわ》の方まで行つて見ようか、松濤園の下あたりま
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