とは、仲仲[#「仲仲」はママ]の意味がある――と彼は胸のうちで呟き、凝つと眼を閉ぢた。
「まあ、厭あね、お姉さんひとりぢやなかつたの、酷いわ――」
襖の蔭で彌生が頓興な聲をあげた。そして、「外套とつてよ、はやくつたら……」
などと焦れて、激しい脚踏みの音を鳴り響かせた。
「粉が一杯ついてるわ……」
細君は外套の肩を掴んで、はたはたと振りまはしながら、彌生へ投げ渡した。タルカムの甘つたるい香りが、部屋一杯に濛々と溢つて、隱岐は身動きもならぬ心地だつた。
四
遙かの山々には斑らな雪が見えたが、陽氣は日毎に春のやうに暖かつた。くつきりと冴えた山肌の紫地に、殘雪の痕が翼を擴げて舞ひ立つた鶴のやうに飛び散つてゐた。――隱岐の窓から見渡せる砂濱には、夏の日傘を立てゝ寢轉んでゐる人や、蹴球のあそびに耽つてゐる四五人の若者達が、運動シヤツの姿で飛びまはつてゐた。
隱岐は、もう好い加滅[#「加滅」はママ]に本を讀むことを切りあげて、ぼつぼつ創作の仕事にとりかゝらうとして苛々しはじめてゐたが、ブロバリンばかりを服み過ぎて眠るので、止め度もなく頭がぼんやりしてゐて、さつぱりと
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