焚いてゐる部屋にゐると、温泉にでもつかつてゐるかのやうに蒸々として、汗が滲みさうだつた。――不圖隱岐がうしろの壁を見ると、何うして持ち出して來たものか訊きもしなかつたが、あの毛皮の外套が獲物のやうにうやうやしく懸つてゐた。彼女等の好氣嫌は、どうやらその獲物に依るらしかつた。
「やあ子つたら、バカよ――すつかり悦んぢやつて、まるつきり何にも着ないで、いきなりこれにくるまつてゐるのよ。今日などいちんち、そのまゝごろごろしてゐるのさ。體ぢうにタルカンを振りまいて、ふわりとこれをひつかけてゐると、とてもうつとりとしちやふんだつて!」
「折角、持つて來たんなら、そんな亂暴な着方をしては臺なしになつてしまふだらうに。他所行きに……」
隱岐が云ひかけると、忽ち細君は嶮し氣な調子になつて、
「他所行きに使へるやうに、他のものもそろへて貰ひたいものだわ――」
とさへぎつた。「何うせ駄目なんだから、滅茶苦茶にしてしまふのさ。」
「なるほど、それも好からう。」
隱岐は危くなつたので、
「意味があるよ。」
などとわらつた。まつたく、マゾー伯爵ではないが、毛裏の外套に包まれた裸女の皮膚や動作を想像するこ
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