岐を病ませてゐたが、一向それほどの段取りもつかなかつたのである。
「自分はちつとも欲しくはないんだけど、やあちやんに着せてやり度いのよ。」
「欲しいなあ……」
彌生は深い息を衝いて憧れに滿ちた眼を輝かすのであつた。
そのはなしになると何時も終ひには喧嘩が起つて、聞くに堪えない罵倒を浴びながらほうほうの態で逃げ出さなければならないので、隱岐はフアコートと聞くと慄然とした。
「コートだけあつたつて仕樣がないさ。第一、こんな陽氣の好い田舍の街を歩くのに、あんなものを着て歩くのは物々しいよ。」
「それが氣に喰はないのよ。理屈をつけるのは止めて欲しいわ。あなたはね、實に――」
と細君はそろそろ昂奮した。「手前勝手な人間だわね、男らしくないよ。ひとを悦ばせて、結局自分も悦ばうといふ風な大きさぐらひは、誰だつて持つてゐるのが普通よ。實に、低級な自分勝手しかしらない憐れな人間だわ。」
「左うよ/\!」
と彌生も眞面目になるのであつた。「自分で自分をごまかしてゐるのよ、狡いんだわ、そして度胸が無いんだ。」
「だから、何事につけても、やるならやるで、思ひ切りやり通すといふことも出來やしないぢやない
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