り、ドーランをはいて見たりするのであつた。つくつた上で、つくつてゐないやうに見えなければならない――などと注意して、睫毛に耽念なブラツシユをあてたり、眉を剃つて見たりするのであつた。
「あら……どつちがよ。」
彌生は、細君を睨めたりしたが、細君は、その表情の動きと、化粧の具合を驗べて、自分の畫でも眺めるやうに眼を据えてゐた。
「ねえ、ちよつと起きあがつて見て呉れない、これぢや少しあくど過ぎやしないかしら?」
彼女は隱岐を促した。彼は、顏の上に、ばつたりと本を伏せて
「俺には解らないよ。」
と云つた。
「……、あたしの、あの、フアコートを着せてやり度いな。」
細君は泌々と呟くのであつた。――彼女は、隱岐のアメリカの友達から贈られた可成り上等らしいビーバーの外套を持つてゐたが、殆んど手をとほしたこともなく、餘程以前から手もとには無かつた。何も彼も釣り合ひはしないから――と、さすがに細君は照れて、あきらめてゐたのであるが、この門構えの家を見た最初に、忽ち、それを着て外出する姿を浮べたのである。
「たつた四十圓で持つて來られるんだもの、何でもないぢやないの。」
と彼女は口癖にして、隱
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