とは、仲仲[#「仲仲」はママ]の意味がある――と彼は胸のうちで呟き、凝つと眼を閉ぢた。
「まあ、厭あね、お姉さんひとりぢやなかつたの、酷いわ――」
襖の蔭で彌生が頓興な聲をあげた。そして、「外套とつてよ、はやくつたら……」
などと焦れて、激しい脚踏みの音を鳴り響かせた。
「粉が一杯ついてるわ……」
細君は外套の肩を掴んで、はたはたと振りまはしながら、彌生へ投げ渡した。タルカムの甘つたるい香りが、部屋一杯に濛々と溢つて、隱岐は身動きもならぬ心地だつた。
四
遙かの山々には斑らな雪が見えたが、陽氣は日毎に春のやうに暖かつた。くつきりと冴えた山肌の紫地に、殘雪の痕が翼を擴げて舞ひ立つた鶴のやうに飛び散つてゐた。――隱岐の窓から見渡せる砂濱には、夏の日傘を立てゝ寢轉んでゐる人や、蹴球のあそびに耽つてゐる四五人の若者達が、運動シヤツの姿で飛びまはつてゐた。
隱岐は、もう好い加滅[#「加滅」はママ]に本を讀むことを切りあげて、ぼつぼつ創作の仕事にとりかゝらうとして苛々しはじめてゐたが、ブロバリンばかりを服み過ぎて眠るので、止め度もなく頭がぼんやりしてゐて、さつぱりと空想力が働いて來なかつた。そして五體は、恰も枯木のやうに干乾びて、風邪の引きつゞきであつた。かあツと頭が熱くなると、急に脚の先から水がおし寄せて來るやうに冷え込んで來て、のべつにくしやみは出るし、鼻水は垂れるし、あまつさへ、レウマチスの氣味でもあるのか、腰骨や膝がしらが螺線のやうにしびれてゐて、全く埒もない有樣であつた。腹には懷爐などをあてゝ、木像のやうに坐つてゐたが、歩かうともするのには杖がほしいほどだつた。
酷く六ヶしい顏をして彼が、海邊の方を眺めてゐると、彌生が口笛を吹きながら廊下をまはつて來て、窓先の縁側に置いてある布椅子に寢ると、
「日光浴に出たいんだけれど、人がゐるんで困つてしまつたわ。」
と呟いた。パジヤマのパンツを穿いた長い脚を、恰度隱岐の眼上に組んで、桃色のスリツパをつつかけた一方の爪先を、天井を蹴るやうに動かせてゐた。
「姉さんは?」
「頭が痛くつて起きられないんだつて。―― menses なんだらう。」
「――日光浴は病人がすることぢやないか。」
「うつかり出任せなことを云つたら、婆さんたら本氣にしちやつて、お天氣が好いと屹度起しに來るのよ。――お孃樣お起き遊
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