けて、あゝこれでさつぱりしたと呟きながら帰つて行くのが、道楽かと思つたら研究なんですつて! 今も、うつかりしてゐたら、いきなりそれを背中の中へ投げ込まれてしまつたのよ。擽つたいと云つたらありはしない、とても凝つとしてゐられないわ、ね、一処に踊つて呉れない。」
「南京豆の一粒が、この床に落ちる時の微かな音が聞えるでせうか?」
と私は教授に質問した。すると彼は、娘の一瞬の動作をも見逃すまいと眼《まなこ》をそばだてゝゐるところだつたので、極めて迷惑さうに、軽く点頭いたゞけであつた。
「先生――」
と私は、ワグネルもどきの声色で更に言葉を続けた。「私は先生のやうな大学者と言葉を交すことが出来れば、夜を徹するも敢て辞さぬ者です。明日は復活祭で御座いますから、何卒あと二三の質問を御許し願ひたいものです。」
「…………」
「空に星あり、地に馬あり、卓上に一個の薄暗きランプあり、一杯のほろ苦き酒あり、然して一冊の錬金術教科書あり――さて、悲しめる詩人は孰れを選んで天の……」
「おゝ、ヘレンの裾から南京豆が一つ滾れ落ちたぞ、わしは何を措いてもあれ[#「あれ」に傍点]を拾ひあげなければならない。わしは
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