られなかつた。
「だつて別段踊り様も何もありやしないわ。妾は、たゞ昨夜だつて、あの時、出たら目の脚踏みをして南京豆を振り落してゐたゞけのことなんですもの。」
「…………」
 私はG氏の胸中を推察した。そして、闇に描いた夢を飽くまでも実現させようとするG氏の執心に同情と敬意を払つた。
「たゞ、斯うやつたゞけなのよ――と云つて妾は、仕方がないから烏賊が泳ぐ見たいに体をくねらせたり、縄飛びをする時のやうに飛びあがつたりするんだけれど、お前は私を欺さうとしてゐるなんて云つて、何うしても信じないのよ。」
「……ヘレン、近いうちに僕達と一処に旅行に行かないか?」
 私は、何う云つて好いか解らなくなり、胸苦しくなつたので話頭を転じた。
「えゝ、行くわ、妾、あの先生のモノクルから逃れられるんなら何処へでも行くわ。」
「さうか――」
 と私は腹の底で唸つた。そして私は秘かに氏のモノクルを盗みとつたかのやうな怖れを覚えながら、
「ぢや約束しよう。温泉のあるスキー場へ行かうぢやないか……」
 と誘つた。
「えゝ、はつきり約束しませう、先生に聞えないやうに――。嬉しい!」
 とヘレンは思はず私の胸に顔を埋めた
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