あてにならないよ。あの年になってのことだもの……」
 これは父の放蕩《ほうとう》を意味するのだった。
「勝手にするがいいさ」
 私はおこったような口調で呟《つぶや》くと、いかにも腹には確然としたある自信があるような顔をした。こんなものの言い方やこんな態度は、私がこのごろになって初めて発見した母に対する一種のコケトリイだった。だが、私が用うのはいつもこの手段のほかはなく、そうしてその場限りで何の効もないので、今ではもう母の方で、もう聞き飽《あ》きたよという顔をするのだった。
「もう家もおしまいだ。私は覚悟している」と母は言った。
 私は、母が言うこの種の言葉はすべて母が感情に走って言うのだ、という風にばかりことさらに解釈しようと努めた。
「だけど、まアどうにかなるでしょうね」
 私は何の意味もなく、ただ自分を慰めるように易々《いい》と見せかけた。こんな私の楽天的な態度にもすっかり母は愛想を尽かしていた。
 母は、ちょっと笑いを浮べたまま黙って、煙草盆《たばこぼん》を箱から出しては一つ一つ拭《ふ》いていた。
 私も、話だけでも、父の事に触れるのは厭になった。
「明日は叔父さんたちも皆な来る
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