に、
「僕の親父はなぜあんなに長く外国などへ行っていたんでしょうね」と聞いた。今さら尋ねるほどの事もなかったのに――。
「やっぱりその……つまりこのお祖父《じい》さんとだね、いろいろな衝突もあったし……」
――やっぱり――と言った叔父の言葉に私はこだわった。
「何ぼ衝突したと言ったって……」
「今これでお前が外国に行けばちょうど親父の二代目になるわけさ。ハッハッハッ……」
「ハッハッハ……。まさか――」とわたしも叔父に合せて笑ったが、笑いが消えないうちに陰鬱《いんうつ》な気に閉された。
翌日、道具を片付ける時になると母はまた押入の前で地球儀の箱を邪魔にし始めた。
「見るたびに焦《じ》れったくなる」
「そんなことを言ったって、しようがないじゃありませんか」と私は言った。「どうすることもできない」
「たいして邪魔というほどでもない」
「だってこんなもの、こうしておいたって何にもなりはしない、いっそ……」
母は顔を顰《しか》めて小言を言っていた。
――今に栄一が玩具にするかもしれない――私はも少しでそう言うところだったが、突然またあの「お伽噺」を思いだすと、自分で自分を擽《くすぐ》るような思いがして、そのまま言葉を呑みこんでしまった。
栄一というのは去年の春生れた私の長男である。
底本:「日本文学全集37 牧野信一・梶井基二郎集」集英社
1968(昭和43)年8月12日初版発行
1970(昭和45)年1月5日2版
初出:「文藝春秋」
1923(大正12)年7月
入力:岡本ゆみ子
校正:noriko saito
2009年9月10日作成
2009年11月20日修正
青空文庫作成ファイル:
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