らの、どんな憂目を見るであろう旅の空を想うのが痛快であった。
 こんな想いに有頂天になった僕は、ホップ・ステップで山を駆け降り、Aのいわゆるマーメイドの前に来かかると、
「あら、マキノさんだわ。」
と叫んで、あの酒注女《さけつぎおんな》が駆け出して来て僕の行手を塞《ふさ》いだ。そしてやや暫《しばら》く僕の姿を不思議そうに眺めた後に、
「そんな恰好《かっこう》で、あたしの眼をごまかして通り過ぎようとしたって駄目よ。」と甘えながら僕の胸に凭《よ》りかかった。……「よう、どうしたのよ、いつものように折角お迎えに出たあたしを、抱きあげて早く店の内へ連れてって頂戴《ちょうだい》よ。」
「あんな詩人の真似《まね》は出来ない、僕には――」
「とぼけるない!」
「決して――。僕は今夜、七郎丸に頼んだ夜釣りに連れて行ってもらうつもりで、他に適当な着物が見つからないので、それでこんな装いをして来たんだよ。」
「じゃ、これから七郎丸の家へ行くつもりなの?」
「漁があってもなくっても帰りにはきっと寄る、手柄話をお待ちよ。」
 僕は、胸を張って得意そうに剣を振った。すると女は、いきなり僕の胸を力一杯の拳固《げん
前へ 次へ
全30ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング