言葉を持たなかったから、Bの恩師の言葉を引用して、ひたすら彼らの旅路のまどかなるべきを希《ねが》うのであった。
「汝らの旅は全世界へ向っての遍歴であり、空間のあらゆる空所において営まれつつある全建造の視察であり、万物の物理的復帰を包括しながら、壮麗なる無限大へ向って進むものである。」
 かく祈りながら僕は彼らに向って、胸の切なさをつかんでは投げ、つかんでは投げつける心算《つもり》で、その通りに腕を振り動かせているのであった。胸先を握って、拳《こぶし》をつくり、空間に腕を突き出しては拳を開くのであった。
 そうこうしているうちに向方《むこう》の円光の中には様々な人影が次第に増して来て、焚火のまわりをグルリと取り巻いて、景気の好い仕事を見物している。彼らは、口々に悦《よろこ》びの言葉を発しているらしい。
「おやおや!」
と僕は、もう一度眼ばたきをして眩《つぶや》いた。その人だかりの中には七郎丸の祖父と父親が紋付の羽織を着て控えている。僕の父親も同じような姿で、酷《ひど》く武張《ぶば》った顔つきをしている。祝着《マイハイ》を着た若者連が焚火のまわりを踊り廻ったりしている。――僕らが既にこの世
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