誦《あいしょう》して、いとしみからと思えば憎しみで、憎しみからと思えばいとしみで、あれからこれへ、これからあれへ、転《ころ》がそう転がそう、この樽《たる》を、セント・ジオジゲイネスの樽のように――とか、兵士の歌だよ、今日は白パン、明日は黒パン……そんな歌ばかりを口吟《くちずさ》みながら、昆虫採集で野原を駆《か》けまわったり、「マーメイド・タバン」の一隅で詩作に耽《ふけ》ったり、手製の望遠鏡で星を眺めたり、浮気な恋に憂身《うきみ》を窶《やつ》したりしているのであった。
Bは、
「その父・母・妻・子・兄弟、そして汝《なんじ》自身の命をも憎まざる者はわが弟子たる能《あた》わず。」
――の聖人の忠実な下僕《しもべ》であった。そして彼は、「マルシアス河の悲歌」の作者ユウリビデスを退けたストア学徒の血を享《う》けて、悲劇を嗤《わら》い、ひたすら神と力を遵奉《じゅんぽう》した。論理的技巧を棄《す》てて理性の統一から最も明瞭なる健全な生活を求めなければならなかった。
Cは、ピザの斜塔の頂きに引き籠《こも》って、大小数々の金属製の球を地上に落下して、「落下の法則」を発見したあの[#「あの」に傍点]科
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