れよう!)節面白くインデアン・ダンスを試みずには居られなかったのである。
僕は、これから三人の旅人が不思議な旅路をたどり、様々な出来事に出遇うであろうことを空想し構想し得るのがこの上もなく愉快であった。あまり長い間僕は「無」の放浪に、そして、彼らの、これ以上進みようのない不和の姿を切なく見守り続け過ぎた。僕は、「兵士の歌」のAを、バンヤンの嶮路《けんろ》に向けて悪魔と戦わせてやろうか、気難し屋のBをラ・マンチアの紳士と相対せしめて問答させてやろうか、ピザの学生をスウィフトの飛行島に赴かせて、ラガド大学の科学室を見学させて度胆《どぎも》を抜いてやろうか……などと思うだけでも、面白さにわが身を忘れた。
「呪《のろ》われた原始哲学よ、嗤うべき小芸術よ、惨《みじ》めな昨日までの感情《アフェクテ》の国土よ!」
僕はこんなことを呟《つぶや》きながら、ふと気づくと村の街道に降り立っていた。僕は、鞭《むち》のように細長い剣を持っていた。これも壁に“WASEDA”のペナントの下に、十字を切って懸けてあった練習用の Fencing Sword の一つであった。これは伊達《だて》に飾ってあるのではない、僕は朝夕これを執って、わが家の同人の誰でもを相手に剣術の練習をする、堪《たま》らなく気が滅入って始末のつかぬ時には、これで戦争ごっこをして気分を晴《はら》す、武者修業物語を読んで亢奮《こうふん》すると、これを振り廻して作中人物に想いを擬する。
月の輝き渡った白い街道である。丘の中腹にあるわが家の窓を振り返ると、鳥が脱け出た後のように窓の扉が伸々《のびのび》と夢幻的に外に向って開いている。
僕は剣を振り翳《かざ》しながら明るく平坦《へいたん》な街道を駆けていた。頭の鳥の羽根が、バザバザという音をたてて莫迦《ばか》に心地|好《よ》く颯爽《さっそう》として風を切っている。
「詩人も続け、哲学者も物理学生も俺《おれ》に続け――。国境の丘まで見送ろう。」
と僕は叫んだ。そして僕はこんなことを思った。「お前たちを修業の旅に送ってしまった後の、孤独の俺こそ、本来の俺の姿だ。今夜限り俺はお前たちとも縁がないのだ。」
「マーメイド・タバンの酌婦《ウエートレス》には、お前から俺の言葉を伝えておいてくれ――玉虫を見つけたら旅先から届けるからに、俺の君に寄する複雑な愛の徴《しるし》として胸飾りにしてくれ――と。」
と詩人が僕にささやいた。あんな薄ぎたない居酒屋を、おそらくキイツの詩か何かで形容したことなんだろうが、マーメイド・タバンだなどと称《よ》び慣れて、現《うつつ》を抜かしていた詩人のお目出たさにはあきれたものだ――と僕は苦笑を湛《たた》えながら、
「桂冠《けいかん》詩人よ。」
と煽《おだ》ててやった。「都に行くとお前は宝石店の飾り窓に七宝《しっぽう》の翅《はね》をもった黄金の玉虫を見出すであろう。マーメイドの恋人の愛をつなぎたかったら宝石店の玉虫を送り給え。」
詩人は僕の別れの言葉を上《うわ》の空《そら》に聞き流して、例の、
「これからあれへ、あれからこれへ!」を声高らかに歌いながら意気揚々と月明の丘を降《くだ》って行った。
「不安は事物に対するわれらの臆見がもたらすものであって、本来の事物に不安の伴うものではない。愚人にのみ悲劇が生ずる。俺はオデイセイに従って、森を抜け出た野獣の如くに、専《もっぱ》ら俺自体の力を信じて行こう。」
とBは、万物流転説を遵奉するアテナイの大言家の声色《こわいろ》を唸《うな》りながら未練も残さずに出て行った。不安も悲劇も自信も僕にとっては馬耳東風《ばじとうふう》だ。あまりBの様子ぶった態度が滑稽《こっけい》だったから、
「馬鹿な自信を持ってかえって不安の淵《ふち》に足を踏み入れぬように用心した方が好《い》いだろうよ。この弓をやろうじゃないか、腹の空《す》いた時の用心に――」
と、注意しようかと思ったが、振り向きもしないのでやめた。で僕は、弓なりにした剣の間から、敬うとも嗤うともつかぬウインクスを投げただけだった。
Cは、無言で、ポケットの中の球を金貨のようにジャラジャラ鳴らしながら、とぼとぼと行き過ぎて行った。
「さあ、これで俺はいよいよ俺ひとりの天地になった。――ベリイ、ブライト!」
僕は、薄明の彼方《かなた》に消え失《う》せる彼らの姿を見送って、丘の頂きで双手を挙げて絶叫した。
昼間は野山を駆け廻って糧食を求め、夜は炉傍《ろばた》に村人を集めて爽快な武者修業談を語ろう。僕は、「思惟《しい》の思惟」に依って橄欖山《オリーブやま》を夢見る哲学者を憐《あわ》れみ、ヂオヂゲネスの樽をおしている詩人を軽蔑《けいべつ》し、統一のための統一に無味無色の階段を昇り降りし続けている物理学生と絶交して快哉《かいさい》の冠を振った。そして彼
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