背にしていたことを先に述べて置こう。)
「今日は荷車を曳《ひ》いて町へ行き、あなたの本を大方売却しましたよ。」
「そいつは酷《ひど》い。あれらの書物は僕の生命についで――」
と僕は赤くなって詰問しようとすると、次のベルがなって、再び僕らはハンドルを執らせられる――と、Rが、蓮根《れんこん》や牛蒡《ごぼう》を抱《かか》えて現れ、
「あなたの時計を質屋に預けて弾丸を買って来ました。当分肉類の心配はありません。」
と申し立てた。Rは鉄砲の名手で、常々僕らを鳥をもって養っていた。
「ああ!」
僕は悲鳴をあげた。「あの時計がなくなったら僕は観測台の仕事が……」
「僕はガソリンを買って来ました。これで当分の間町通いにオートバイが使えることになりました。どんな類いのあなたの用事でも一時間以内で果せるでしょう。」
とHが、モビロイルのブリキ罎《びん》を僕の目の先に誇らかに突きつけた。
「そして、その資金は?」
僕は痛い胸を押えて眼を視張ったが、答えを待つ間もなく、次のベルで、
「兄さんだけが着物を持っていることもなかろうと相談して、……」
「その先は聞かすな。俺は悲しくなる。」
僕は弟に向って激しく手を振った。なかなかの洒落者《しゃれもの》である僕は着物を奪われてしまったかと思うと泣きたくなるのであった。が泣く間もなく、パンの棒を小脇に抱えた妻がマメイドに続いて現れ、
「あなたは、否応《いやおう》なく、当分の間は、その装《なり》でいなければなりませんよ。」
と宣告を与えた。それを聞くと同時に僕は一途の嘆きがこみあげて来て、
「ああ、どうしよう? どうしよう?」とばかりに声をたてて泣きくずれてしまった。
一同の者は僕の女々《めめ》しい醜態に接して唖然《あぜん》とした。何故なら僕は常々所有の物資に関してはおそらく恬淡《てんたん》げな高言を持って彼らに接していたからである。
「何ぼなんだって、この身装《みなり》でこれから俺は毎日を送らなければならないなんて……」
「皆さん。」
と七郎丸がいい放った。「安心して下さい、マキノ君は今夜は常規を外《はず》れた或る歓喜に酔っているがために、思わずも感情が不思議な処へ外《そ》れてしまったんです。彼ばかりとはいいません、この私も――」
「七郎丸さん、あなたもお酒を飲む人なの?」
「そんなことは……」
と彼はそれとなくおしのけて、「七郎丸」に関
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