の往復はあつたが、それも絶えてから何年目、私は四五日前の晩遇然に銀座で塚越に出遇つた。――私達は酒場へ赴いて、十二時まで健康を祝し合ふた。
 塚越は或る映画会社の有名な撮影監督であつた。私は、その方面の事情に就いては殆ど知識はなかつたが、彼は非常に謹厳な人格者であるといふので評判が高いといふ噂であつた。
「これは世間には発表しなかつた未完の作品なんだが、君にだけは是非見て貰ひたいと思つてゐるんだ、完成してから誘ふつもりだつたが、今日は、とても好い心地に感傷的になつてしまつて……僕の家へこれから来て呉れ、出来てゐる部分だけを、君と二人で見たいのだ――とても甘いものなんだが、僕の生命は豊かな甘さの中に拡がる無限の憧憬――何うかして僕は自分の涯しもない夢を、はつきりと作品にとらへたいといふ念願で、創りかけてゐるものなんだから……」
「でも、もう時間が遅いからこの次の日にして貰はうか……」
「僕は、未だに独身なんだよ――」
 と彼は私の遠慮などは気にしないで云ひ続けるのであつた。「僕は映画の製作といふ仕事が凡そ自分の性格に適した天職と思つてゐる――一切のことが、あの仕事に没頭することだけで満足
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