のは、僕が、女性の筆蹟を真似て自分で書き、そして自分に宛て投函した偽の手紙なんだよ。それを僕はワザと落してやつたんだ。」
「……! 恋人は?」
「夢の中に生きてゐるだけさ――僕は、明日の朝早く、この町を出発して東京へ行く、それから英語の自信がついたらアメリカへ行くことになつてゐる。」
「君は勇敢だ!」と私は云つた。
「ワザと落したとは云つたが――が、君、その手紙を郵便配達の手から僕は、門先で受けとつたが、その時は、真に恋人からの便りに接したかの通りな悦びに打たれたぜ、何とも云ひやうのない嬉しさだつた。思はず僕は今君に、余外なことを白状してしまつたが、ほんとうは僕は今も、真に恋人が出来たつもりの心地に浸つてゐるのだよ。僕の名誉のためだなんて誤解して君、その真相を学校の奴などに伝へたりしないで呉れ給へよ、僕は、何も彼も決して不真面目な動機から行つたわけではないんだから……」
そして塚越は、一瓶の立派な香水と、シエレイの詩集とを――これは僕の恋人から、僕の友達である君への贈物だ――などと附け加へて私におくつた。
塚越の眼に涙が溜つてゐた。
三
それ以来何年目であらう、手紙
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