出来るのさ。まるで……」
 と彼は、不図酔から醒めて、稍はにかんだかのやうな口調で、
「夜中など、たつたひとりで自分の稍気に入つた作品を写して眺めてゐると、未だ見たこともない恋人と……」と云ひかけて、彼は、
「やあ失敬――調子に乗り過ぎて、すつかり詠嘆的になり過ぎてしまつた。――ともかく行かう。」
 と私の腕をとつて、強ひてタキシーへ誘ひ込んだ。

     四

 塚越の未完成の映画は、恰度私が今此処に記した少年時の挿話に適合する、私にとつてはとても愉快な写真であつた。中学か大学の寄宿舎の出来事になつてゐるが、鉄拳制裁の決議の場面もある。チユウリツプの鉢をもつて、「塚越」が「私」を訪れる処も現れた。
 が、映画の塚越には、美しい恋人が現れるのであつた。
 月夜の海辺で塚越と私が、手をとり合つて何か感に堪へぬが如き動作に耽つてゐるところに、塚越の恋人が急を告げるかたちで駈け寄つて来る――場面が変ると、伊達を先頭にした多くの豪傑達が凄まじい勢ひでおし寄せて来るのであつた。と、また海辺の場面に返ると、塚越と恋人を舟の蔭に隠した私が、ひとり豪傑連に立ち向つて何やら弁明を云つてゐる。間もなく乱
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