無論詳しいことは忘れてしまつたが、別の日に塚越が私を訪れて来て、
「此間は有りがたう。」
と礼を云ひ、母が寄《よこ》したのだといふチユーリツプの鉢を私の机の上に置いた。春時分のことだつたに違ひない。
「何うして、そんなことが解つたの?」
「ドラ猫の奴が、皆な僕に話したよ。」
「えツ、伊達が※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
伊達の仇名などを平気で云へる者なんて一人もなかつたのに、塚越は至極自然な調子で、
「僕はあんなドラ猫なんてさつぱり怖しくも何ともないんだが、何も知らない君が、そんな時に、そんな仲裁をして呉れたといふことが、とても嬉しかつたんだよ。君、友達になつて呉れないか。」と云つた。
「…………」
塚越と交際する者などは誰一人無い筈なのに、塚越の云ふところに依ると、伊達は此頃毎晩のやうに塚越の家に遊びに来る――といふことだつた。
「伊達なんて、学校ぢやあんなに偉さうにしてゐるけれど僕の家に来ると恰度猫みたいに意久地がないんだよ。それは、僕に、姉が居るからなのさ。彼奴は僕の姉に参つてゐやがつてね、とても醜態だぜ、君、一度見に来て見ないか。そのことだけは誰にも云はないでゐて呉
前へ
次へ
全10ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング