塚越の話
牧野信一
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《》:ルビ
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一
「塚越の奴は、――教室でラヴ・レターを書いてゐたさうだ――。一体彼奴は、俺達のこれまでの忠告を、何と思つてゐやがるんだらう。失敬な奴だ。」
「彼奴は俺達を馬鹿にしてゐるんだ。その時だけは好い加減に点頭いてゐるが、肚では舌を出して嗤つてやがるんだ。」
「改心の見込はないかな?」
「断然――鉄拳制裁と仕よう。」
私が、自習室へ入つて行つた時に恰度其処では斯んな相談が可決されたところだつた。ミリタリズムの気風が、最もさかんな中学であつた。私達は四年生であつた。
「塚越のことなら俺に一任して呉れないかね。鉄拳制裁だなんて、彼奴にそんな手荒なことをしたら、あの体の弱い塚越は、何んな打撃を蒙るか解つたものぢやない――」
私は、乱暴な友達に向つて、塚越をかばはずには居られなかつた。――一同は、裏切者を見出したかのやうな眼つきをして一斉に私を睨めた。
私は塚越と別段に親交があつたわけではなかつたが、青白い、見るからに病弱気な塚越が、そんな制裁を享ける光景は、想像したゞけで堪へられなかつた。
「塚越を殴るんなら俺を殴れ――とでも云ひさうな勢ひだね。」
その中で一番幅を利かせてゐる――中学四年生でありながら、既に柔道二段の選手である伊達が、微笑しながら私の肩を叩いた。
「殴りたければ殴つて見ろよ。」
と私は云つた。――すると一同は、急に、ハツハツハ! と声を挙げて笑つた。
「気位だけは一端だが、やられたなら君なんて、塚越よりも酷く参るだらうよ。ハツハツハ……」
と伊達が私の肩をつかんで、ゆすぶると、それぎり、皆なの、今迄の、「真面目な昂奮」は急に消えてしまつた。
――実際私は、一同の昂奮が私に向つて晴さるゝならば、独りで闘つても、何だか、負けぬ気がしてならない位であつたが、あんまり他合もなく氷解して見ると、此方も返つてテレ臭くなつて、皆と一緒に笑ひ出したが、胸の鼓動は未だ早鐘のやうであつた。
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