の往復はあつたが、それも絶えてから何年目、私は四五日前の晩遇然に銀座で塚越に出遇つた。――私達は酒場へ赴いて、十二時まで健康を祝し合ふた。
 塚越は或る映画会社の有名な撮影監督であつた。私は、その方面の事情に就いては殆ど知識はなかつたが、彼は非常に謹厳な人格者であるといふので評判が高いといふ噂であつた。
「これは世間には発表しなかつた未完の作品なんだが、君にだけは是非見て貰ひたいと思つてゐるんだ、完成してから誘ふつもりだつたが、今日は、とても好い心地に感傷的になつてしまつて……僕の家へこれから来て呉れ、出来てゐる部分だけを、君と二人で見たいのだ――とても甘いものなんだが、僕の生命は豊かな甘さの中に拡がる無限の憧憬――何うかして僕は自分の涯しもない夢を、はつきりと作品にとらへたいといふ念願で、創りかけてゐるものなんだから……」
「でも、もう時間が遅いからこの次の日にして貰はうか……」
「僕は、未だに独身なんだよ――」
 と彼は私の遠慮などは気にしないで云ひ続けるのであつた。「僕は映画の製作といふ仕事が凡そ自分の性格に適した天職と思つてゐる――一切のことが、あの仕事に没頭することだけで満足出来るのさ。まるで……」
 と彼は、不図酔から醒めて、稍はにかんだかのやうな口調で、
「夜中など、たつたひとりで自分の稍気に入つた作品を写して眺めてゐると、未だ見たこともない恋人と……」と云ひかけて、彼は、
「やあ失敬――調子に乗り過ぎて、すつかり詠嘆的になり過ぎてしまつた。――ともかく行かう。」
 と私の腕をとつて、強ひてタキシーへ誘ひ込んだ。

     四

 塚越の未完成の映画は、恰度私が今此処に記した少年時の挿話に適合する、私にとつてはとても愉快な写真であつた。中学か大学の寄宿舎の出来事になつてゐるが、鉄拳制裁の決議の場面もある。チユウリツプの鉢をもつて、「塚越」が「私」を訪れる処も現れた。
 が、映画の塚越には、美しい恋人が現れるのであつた。
 月夜の海辺で塚越と私が、手をとり合つて何か感に堪へぬが如き動作に耽つてゐるところに、塚越の恋人が急を告げるかたちで駈け寄つて来る――場面が変ると、伊達を先頭にした多くの豪傑達が凄まじい勢ひでおし寄せて来るのであつた。と、また海辺の場面に返ると、塚越と恋人を舟の蔭に隠した私が、ひとり豪傑連に立ち向つて何やら弁明を云つてゐる。間もなく乱
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