ものだつたに関はらず――私は、さつぱり厭な気が起らないばかりか、次第に胸がときめいて来た。
「あの、少し散歩なさいませんか?」
「しかし……」
と私は叫んだ。「うちへいらつしやいませんか、道は……と。」
「嬉しい、伺つても関ひませんこと……」
「関はないから……」
庭の方で変な咳払ひが起つたので、そつちを私が見ると、それは倉らしかつたが、驚いたことには、妻が、ぬつと立ちあがつて迂参さうに私の様子を睨めてゐるのであつた。
こいつはしまつたぞ――。
私は、不図――左う気づいたが、それにしても、何故、妻は急にそんな顔つきとなつたのかそして私自身も何故妻のそんな顔つきに胸を冷すのか――私は、寧ろ不思議に思つた。
底本:「牧野信一全集第四巻」筑摩書房
2002(平成14)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「酒盗人」芝書店
1936(昭和11)年3月18日発行
初出:「文科」春陽堂
1931(昭和6)年10月〜1932(昭和7)年3月
入力:宮元淳一
校正:門田裕志
2010年1月17日作成
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