方が前だといふことは解るわね。」
さう云つて、未だ石地蔵ほどの人間味も現れてゐない「私」の土塊を、そつと眺めてゐた。
岡は襤褸布を絞つて、「私」を包みはじめた。
「もう幾日位ゐしたら、似て来ますの?」
「さあ――明日、若し、続けられるとして、続いて二日――位ゐしたら、そろそろヘラ[#「ヘラ」に傍点]を使ふやうになるでせうから……」
岡が左う云ふと彼女は私の方を向いて、
「ね、休まずに続けなさいな。」
とすゝめるのであつた。「二三日、此方に居続けたら何うなの?」
「それは――無理でせう。」
と岡が引きとつて、桑畑の下の小屋を指さした。――「病気になるといけない。」
岡が、この程度にでも物を言ふのは珍らしい! と私は思つた。
それにしても私は、モデル椅子に坐りはじめてからといふものは、何うもこれまでの私とは稍趣きを異にした寡黙家に変つたやうに思はれて来た。
桑畑の下の小屋からは、未だ日も暮れぬといふのに大きな酔つ払ひの声が挙つてゐた。鶴井の弁舌が効を奏して、四斗樽が到着してゐたのである。鶴井や倉の他に、別のしやがれた男の声と、鳥に似た女の歌をうたふ声が交つてゐた。
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