二

 小屋から巻き起つて来る唱歌は、狸よ、狸よ、お寺の庭は、今宵も隈なき月夜の萩の花ざかり、同勢集めて出ておいで、一杯機嫌のお月見で、和尚さんは大浮れ、浮れて浮れてぽんぽこぽん、お前も負けずに打てや打て、ぽんぽこぽんと腹鼓……。
 歌詞を私は、覚えなかつたのであるが、たしかそんな意味合ひのおどけた童謡で、ぽんぽこぽん……と、腹鼓の擬音を一節毎に合唱するのであつた。
 それが物凄まじい胴間声と、しやがれ切つた調子放れの、だが歌手自身は唱歌手としての一種のポーズを執つてゐる態の有様が窺はれて、聴く者の身に悪感を強ひられる如き変梃なてのうると、さうかと思ふと、女のこれはまた実に突拍子もない人騒がせ気な、聴く者の胸に、その唱歌者の無神経質な偽陶酔状態を感ぜしめて身を切らるゝ百舌鳥に似たそぷらの、そのほか無造作に耳を澄すと、ひとつひとつが、いろいろな動物の不自然な場合に発する唸り声を例証に挙げて、滑稽めいた形容辞を冠せずには居られない底の、雑多な騒音が、決して飽和することなくばらばらに入れまじつて、だが、夫々精一杯に絶叫されてゐるので、寧ろ、それは、白昼であればあるだけ、あたりが森閑とした
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