。
「そんなに焦しては喰へぬぞ。」
「俺が喰ふのだ。お前の分はお前が焼け。」
「それは俺が釣つた魚だ。」
「いや、お前のは此方の小さい方だ。」
私達が扉をおした時、二人は肴のことで争つてゐた。常々倉は、鶴井を指して、彼奴はものの味が解らぬ山家の無頼漢だと軽蔑し、鶴井は反対に倉を目して、生臭好きの猥漢だと嘲弄し合つてゐる間であつた。事毎に反対の意見をおし立てゝ齧み合つてゐる仲だつたが、兎も角もう一年足らず、一つの小屋に起居してゐるわけであつたから、完全な敵同志ではないに相違ない。それにも関はらず二人の者は、一人の場合に他人に会ふと必ず、どちらかのことを敵と称んで呪詛した。不自然な生活の結果に違ひない。
二人は私達の顔を見ると、岡の仕事はじめのための祝盃を挙げるべく待つてゐたところである、酒は凡そ何升工面して来べきか? といふことを交々呼び掛けた。私達は、果して何処の酒屋がこゝろよく私達に一荷の酒樽を渡すであらうか? といふことに就いて寄々《よりより》会議を凝した挙句、隣り村の一軒の酒造家の主《あるじ》が岡の前年度の制作である「木兎」を望んでゐるらしい口吻である故、是を一番弁舌を以つて
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