しいので、弱い心地になつて道を砂浜伝ひに急いだ。
五
私は裏の門から駆けこんで、直ぐに自分の部屋へ逃れて、もう一度寝直さうとする。
「やあ、お早よう!」
と、泉水の傍らで、私の妻と茶卓子を囲んでゐた倉が、変なわらひを浮べて厭に愛想よく呼びかけた。
一体私は、事もなくにや/\とわらふ人は苦手であつたが、倉の、にやりわらひは就中毛嫌ひを覚えるのであつた。
「夜をこめてのモデル働きぢや、仕事は一時にはかどつたことでせう?」
「徹夜でモデルになることなんてあるものか――酔つ払つてしまつたんだよ。」
「ほゝう!」
倉は、皮肉気に驚いて、
「そいつは、また滅法な元気ですね。」
などと、にやり/\としてゐるのだ。
「君は、居なかつたのか、昨夜は?」
「冗談でせう――拙者は、昨夜から引きつゞいてこの家の客だつたさ。大次郎も共々――奴は未だぐつすりだ。」
ぐつすりだ! といふ言葉を聞くと、私はさつきの光景を思ひ出して、総身に鳥肌を覚えた。
妻は、決して私の方を見向くことなしに編物をつゞけてゐた。――他所から泊りがけで帰つて来るやうな場合には、寧ろ晴々しく迎へるといふ風な、いつ
前へ
次へ
全32ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング