更に私は、これこそ、記述を差控へるべきであるのだが(後になつて、この人が奥田林四郎と称ぶ或る男と判明するのだが、やがて私はこの男に惨々に苛められるのであるが、肚の中で癪に障るばかりで何うしても憎い奥田を説伏せしめることが出来ないで、無念の歯噛みをふるはせるといふことになるのであるが、そんな場合に立ち至つてから私は、わずかに奥田のこの[#「この」に傍点]寝姿を廻想して秘かに鬱憤を晴す想ひをするのであるからなのであるが――。)あゝ、やつぱり私は止めて置かう、不しつけであるばかしでなく、そんな描写は自ら卑怯と責められるから……。
――私は思はず袂で顔を覆ふと、這々の態で部屋を飛び出した。
和やかな朝であつた。
その館は、町端れの、時折り私が執筆の仕事等を携へて滞溜することのある海辺の旅舎だつた。
それは左うと――俺は自分の仕事をしなければならないのだ、うか/\と、もう幾月も遊んでしまつたことだ、今日はモデルが終つたら直ぐに帰つて来る、晩飯を待つてゐてお呉れ――と、はつきりと前の日に妻に云ひ残して出かけたまゝ、知らせもせずに他所に泊つてしまつたと思ふと私は、まつたくそんなことは珍ら
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