露出して、加けに、今、壁を蹴つた方の脚は、蹴つたまゝの有様で、壁の中腹にぬくぬくと立てかけて、休んでゐた。――もう一本の脚は(私は斯んなことを記述するのは実に閉口なのであるが、或る必要を覚えるので余儀なく誌すのであるが――。)私の蒲団の裾の方にふん張つて、膝をぎつくりと四角に曲げてゐた。また、一本の腕は、ぬつと頭の上に突き出て、枕をあらぬ方へ突き飛してゐた。
一体誰だらう、和尚か知ら、R村の加茂村長かしら――左う私が首を傾けたのは、常々和尚は、自ら「雷の如き軒声」と称して、自分のうたゝ寝の態を自慢してゐたし、またR村の加茂と称ふ大酒家の老村長は、自分は、寝言であらゆる秘密を口走る習慣があるので、うつかりしたところには泊れない、君となら――と私を指して、一処に旅行をしても平気であるがといふことを云つてゐたので、私は二人の何れかを聯想したのであつたが、若し私が、単に、その寝姿を眺めて、知人を想ひ浮べるならば万一的が外れた場合に、たとへそれが私の秘かな呟きであつたにしても、私は満腔の恥を強ひられねばならぬであらう――ことほど左様に、その人の寝像たるや世にも猛々しく、あられもない姿であつた。
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