で、私は、誰だつて関ふものか――と思つて跳ね起きた。
「……何ツ云つてやがんだい、べらぼう奴……グググ……」
 突然、そんな音響がしたので、気をつけて見ると、それは眠つてゐる人の寝言であつたから私は、遠慮して部屋を抜け出さうとすると、なほもその人の寝言は意味も解らずに続いてゐるかと思ふと、やがて、それは何とも名状し難い不思議な、強ひて聯想を求めるならば鳥のかけす[#「かけす」に傍点]の鳴声のやうな、苦悶に似た叫びを挙げたりした。
 ――そんな奇声では、夢も醒めたか知ら? と思つて振り返つて見たが、相変らずその人は無何有の奈落で安心してゐる模様であつた。
 ともかく、それは、男も男、たしかめるまでもなく度えらい男の、濁りを湛へたばす[#「ばす」に傍点]であると思ふと――私は何といふこともなしに吻つとして、著たまゝ寝てゐた著物の兵古帯などを締め直してゐると、間断なく鼾声と寝言が入れ交つてゐたが、寝返りを打つ拍子に彼は、家鳴りをたてゝ力一杯側らの壁を蹴つた。
 それでも彼は、未だ夢が醒めないばかりか、頭だけを被著の中にかくして、不図私が見ると鬼のやうに逞しい荒くれた毛脛の二本の脚部をすつかり
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