。そして、さつきと同じやうに女の鳥に似たそぷらの[#「そぷらの」に傍点]もまじつてゐた。
 私は、その明朗気な婦人の歌声に反感に似た軽い嫉妬を覚えた。
「あの方、名刺を下すつたわ。」
 妻が小型の名刺を差し示したので、見ると「小倉りら子」と誌してあつた。
「絵を勉強してゐるんですつて――」
「…………」
「そしてね、絵の次に好きなのがウヰスキイなんだつて。」
 妻は、まばたきもしないであらぬ一方ばかりを凝つと眺めてゐる私に、そんなことをはなしかけた。

     四

 ある日、私達は岡のアトリヱで酒を飲みはぢめて、近頃になく私は泥酔した。そして、まつたく前後不覚であつた。あまり多勢だつたせゐか、相手の顔すら悉く曖昧だつた。
 朝眼を醒して見ると、何処だか得体が知れなかつたが私は、しやれたやうな部屋で、花美な蒲団に寝てゐるのであつた。
 傍らを見ると、もう一つ並んだ同じやうな蒲団の中から、頭もろとも潜り込んでゐるので誰やらわかりもしなかつたが、ほんとうに雷のやうなと形容したい猛烈な鼾声が、ごろごろと鳴つてゐた。……その唸りは、さはつて見るのは薄気味悪いくらひに凄まぢく大波を打つてゐるの
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