そばからぽろぽろとくづれて、またゝく間にあとかたを失つた。
 私は、モデル椅子にぼんやり腰かけて暮れかゝつた外を眺めた。――あの婦人の映像が、はつきりと頭にのこつてゐる。
「すつかり駄目になつてしまつたんだつて!」
 私の後を追つて来た妻であつた。――私は、思はず飛びあがる程吃驚した。
「まあ、斯んなに!」
 妻は、くづれ落ちた土を見て痛ましさうに呟いた。
「…………」
 私は、妻に堪らない後ろ暗さを覚えるので、さつきの事を告げようと思つたが、それにしても、単に、あれだけのことを、何う云ふ術もないし、また、あの婦人の行動を積極的のものとのみ見て告げるのは、それも何とはなしに己れの卑怯を自分に見せつけるやうでもあり――だから、何も、あらたまつて云ふべきほどの事でもなからう、と、思ひ直したが、何うも胸に異様なときめきが後から後から津浪となつておし寄せて来るのに敵はなかつた。
「何うしたの、さつぱり元気がないぢやないの。がつかりしちやつたの?」
「さうぢやないが――。明日から出直して、この仕事にかゝるんだから、早目に来るとして、今日はこのまゝ帰らうかな。」
 小屋からは、また合唱が響いてゐた
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