り寄せられてゐる通りに、一直線に騒ぎの方へ吸ひ込まれて行つた。
 然し妻君は、二人今あの騒ぎの小屋へ沈没したならば、手もなく夜昼のけじめも忘れた泥酔の土鼠に化してしまふことを怖れて、もう暫くこの芝原で遊んで行かうではないか、岡のアトリヱから筵を持つて来て、橇にして、このスロウプを滑つて見ようではないか? などといふことを申し出た。
 私は賛成して、上衣を脱ぎ、靴や靴下も棄てゝ運動の用意をした。妻君も私の通りにして、
「さあ、一二三! で、上まで、昇りツこ!」
 さう云つてスタートの構へをした。
 で、私達は兎のやうに丘を駆けのぼりはじめた。恰度中程にさしかゝつた時に私は、事更に脚を滑らして見て、
「アツ!」
 と、叫んだ。適度なやはらかみと傾きの加減と明るさを湛へた絨毯に似た芝生の感触が、そんな誘惑を私に強ひたのである。ところが、滑り落ちはじめて見ると、それは、思つたよりも眺めたよりも、中々に嶮しい感じの傾斜であつて、私の体は頭もろとも、ものゝ見事に逆転して、樽のやうであつた。私に続いて妻君は腹這ひになつて横になると、忽ち風車のやうにグルグルと転げ落ちて来た。私は、下の芝生で待ち構へて
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