るみを湛えた空洞の無音状態に耳をそばだてながら、貝殻の空鳴りと同様の、無形の、巨大な翅音の竜巻に巻き込まれて窒息しかかつてゐたところに、突如として、桑畑の一隅の小屋から破裂して来た珍奇な唱歌隊の合唱に、云はゞ私は救助されて、地上に伴れ戻されたのであつた。
小屋は、今や、未曾有の乱痴気騒ぎをはらんで、間もなく、はち切れんばかりの凄まじさの絶頂であるかのやうだつた。
私は、妻の手をとつて、
「行つて見よう、行つて見よう――」
と浮きたつた。
二人は、両腕を水平にして、丘の上に、爪先立つて、凧のやうに胸一杯に風を吸ひ込んだ。――そして、滑らかな芝生を、グライダアに化けた気で、一気に駈け降りた。ほんたうに、それは芝生を滑走して、突端に迫つたならば、ものゝ見事にふはふはと離陸出来さうな青空であつた。
「面白い、面白い、ハツハツハ……」
跣足か、でなければ薄底のサンダルでも穿いてゐるやうに、妻のも、私のも、靴音なんて知らぬやはらかな芝生であつた。
「凧だ、凧だ!」
私は、調子に乗つて、凧のやうに翼を煽ると、妻君も真似をして、唇にぶんぶんとぷろぺらの唸りを発しながら、小屋の窓から糸をたぐ
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