「そんなに焦しては喰へぬぞ。」
「俺が喰ふのだ。お前の分はお前が焼け。」
「それは俺が釣つた魚だ。」
「いや、お前のは此方の小さい方だ。」
 私達が扉をおした時、二人は肴のことで争つてゐた。常々倉は、鶴井を指して、彼奴はものの味が解らぬ山家の無頼漢だと軽蔑し、鶴井は反対に倉を目して、生臭好きの猥漢だと嘲弄し合つてゐる間であつた。事毎に反対の意見をおし立てゝ齧み合つてゐる仲だつたが、兎も角もう一年足らず、一つの小屋に起居してゐるわけであつたから、完全な敵同志ではないに相違ない。それにも関はらず二人の者は、一人の場合に他人に会ふと必ず、どちらかのことを敵と称んで呪詛した。不自然な生活の結果に違ひない。
 二人は私達の顔を見ると、岡の仕事はじめのための祝盃を挙げるべく待つてゐたところである、酒は凡そ何升工面して来べきか? といふことを交々呼び掛けた。私達は、果して何処の酒屋がこゝろよく私達に一荷の酒樽を渡すであらうか? といふことに就いて寄々《よりより》会議を凝した挙句、隣り村の一軒の酒造家の主《あるじ》が岡の前年度の制作である「木兎」を望んでゐるらしい口吻である故、是を一番弁舌を以つて籠絡して来よう――と鶴井が勇敢な役廻りを買つて出た。
 私と岡は、そして鶴井と倉は、四角な囲炉裡に夫々相対して向ひ合つてゐた。私は焔の合間から時々岡の方を見ると、彼の視線は何時も凝然と私の上に注がれてゐた。そして彼は、人知れず煙りのうちに指先きをもつて何かの輪廓を描いてゐるといふ風であつた。
 その晩私は、酔ひ潰れて鶴井達の小屋に泊つてしまつた。――朝になつてアトリヱに行つて見ると、岡は瓶の土を練つてゐた。
「今日は無理だらう?」
 と彼が云ふので私は、
「腰掛けてゐる位ゐ……」
 さう云ひながら、モデル椅子に凭ると、岡は壜型の毛布を取除いて、仕事にとりかゝつた。
 その日の仕事では、壜型の肩が稍扁平な壁になつて、頭部の丸味が伺はれる程度になつた。
 仕事が終つたところに、私の妻が、私が前の晩帰らなかつたのを案じて来た。岡が私の代りに、私達が仕事の着手を悦んで祝盃を挙げ過ぎた事に就いて詳さに説明した。
「これが俺だよ。」
 肥つた壜型を指して私が左う云ふと、
「未だ、これでは面影が解らないけれど――」
 と、それが余りに無造作な恰好であることを何とはなしにわらひながら、
「それでも、此
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